着火。
ほんとうの小説は、60歳にならないと書けないと大作家が何かに書いていた。うむ、確かにね。「ほんとう」の意味を分かる歳になるということだな。いったいいつまでウォーミングアップをやっているつもりだ? 色恋沙汰はもう飽き飽きした。毎日20枚書いたとして、ひと月で600枚か。ふん、楽勝だね。体力は確実に衰えたが、気力は十分だよ。え? 読み捨てエンターティンメントなんか書くはずがないじゃないか。
また連闘。
激安PCなので、ネットワーク設定は想定していなかったらしい。気の弱いMr.Mは、やはり立場的に同僚には頼めなかったようだ。いいさ、借りは作るな、とわたしは言った。日曜日に二人でやっつけようぜ、ということになったが、どうも頼りない。わたしにはわたしの意地もある。土曜日も出勤してやれるところまでやるさ。案の定腰痛が再発したが、落ち込んではいられない。野に斃れてもわたしはわたしの生き方を貫く。頑張れ還暦!
室内。
ぼくの棲む暗い部屋は
じぶんで築いた骨肉の檻だ
閉ざされたカーテンは
もう二度と開け放たれることはないだろう
ぼくはぼくが生きていることの罪を
滅ぼさなければならぬ
たとえどんなに長い時間がかかろうとも
悲しみを置き去りにはできないから
ぼくと知り合ったことが
きみの不幸の始まりだったとしたら
きみの涙をぼくが泣かなければならぬ
きみの傷をぼくが痛まなければならぬ
カーテンの外側の風景が
たとえどんなに明るく晴れていようとも
室内にはいつも雨が降っていて
ぼくの心まで濡らすから
肋骨にきみの視線が突き刺さっても
ぼくのこころをきみの許へ運ぶ足がない
きみの柔らかな胸に触れる手指もない
ここではないどこかへきみと行けるのなら
ぼくはなにを惜しむだろう
きみの手が永遠のやさしさを込めて
ぼくの肩に置かれたとき
瞑目して未練を捨てることができるから
じぶんで築いた骨肉の檻だ
閉ざされたカーテンは
もう二度と開け放たれることはないだろう
ぼくはぼくが生きていることの罪を
滅ぼさなければならぬ
たとえどんなに長い時間がかかろうとも
悲しみを置き去りにはできないから
ぼくと知り合ったことが
きみの不幸の始まりだったとしたら
きみの涙をぼくが泣かなければならぬ
きみの傷をぼくが痛まなければならぬ
カーテンの外側の風景が
たとえどんなに明るく晴れていようとも
室内にはいつも雨が降っていて
ぼくの心まで濡らすから
肋骨にきみの視線が突き刺さっても
ぼくのこころをきみの許へ運ぶ足がない
きみの柔らかな胸に触れる手指もない
ここではないどこかへきみと行けるのなら
ぼくはなにを惜しむだろう
きみの手が永遠のやさしさを込めて
ぼくの肩に置かれたとき
瞑目して未練を捨てることができるから
変態視。
某日ある女性から「初対面の女性と会ったとき、まずどこに目がいきます?」という下らない質問をされたので、「うーむ、鎖骨だな、それから手の指」と答えたら、その女性は一瞬怪訝な顔をし、そしてこう言いやがった。「変態なの?」。頼むよ、変態詩人の北原先生。あんたの詩の言葉なんて思い出さなければよかった。何が「ああ、鎖骨のきれいなひとよ」だよ。オッパイとかケツとか腰のクビレとか言えばよかったじゃないか、素直に。おかげさまで俺の「失言集」は今や「広辞苑」並みの厚さになったじゃないか。しかも上下巻だぞ。辞典に目次をつけなれればならないじゃないかよ!!
そろそろ。
執筆に取りかかるか、未完の大作に。頭の中では十分練られているのだよ。『さらば、夏の光よ』というタイトルの長編小説だけれど、テーマが少し重いかもね。


